三十路女のくだらない日々。


by kutuganaru
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カテゴリ:本( 10 )

ザッピング

ケイゾクは力なりとかなんとか、それっぽいこと偉そうに言っときながら、すっかり遠のいていたブログ。
自分のパソコン持ったら、もっと頻繁に更新できるのだろうか。
次に雨が降った日に、自分のパソコンを購入しようと目論んでいる私です。


最近は、本当によく本を読んでいる。
なのに全然読むスピード上がらないのは一体どういうことか。
でもいい。その方が長く楽しめるんだから。

その中で印象に残った作品を記しておこうかね。

「すべてがFになる」森博嗣
記念すべき森博嗣作品一作目。
これ、講談社ノベルスのメフィスト賞受賞第1作目、ってより、
森博嗣のデビューを衝撃的にするためにメフィスト賞が立ち上がったとか上がってないとか。
納得です。
自分の中の偏見とか決めつけとかそういうもの全てを覆される快楽。
シリーズ10作中8冊目まで読んだけど、1作目のこの作品は私の中でいまだ越えられてない。

「フリッカー式 鏡なんとかにうってつけの殺人」(←あいまい)佐藤友哉
佐藤友哉の作品を読んでみたいと思っていたところに友人が突然貸してくれた。
他の作品はもう読まなくていいかな。
ミステリとしても青春小説としても中途半端。文章の破たんもちょっぴり気になる。

「少女は踊る暗い腹の中踊る」(←あいまい)岡崎隼人
なかなかおもしろかった、というのは文体に若々しさ、スピード感があったから。
描かれる猟奇殺人も突飛で面白かったし。
だけど一般人が共感できるレベルを若干超えるぶっ飛び具合で、ついていけない感があるし、
終わり方が気に食わなかった。残念無念。

「ニキの屈辱」山崎ナオコーラ
これは雑誌「文藝」のなかに載ってたので読んだんですが。
こんなにキュンキュンと胸に突き刺さる恋愛小説には久しぶりに出会いました。
読んでたのが電車の中じゃなかったら、泣いてたと思う。
すごく食感も後味も良いデザートのような作品。


いっぱい読んだけど、ほとんどが森博嗣のS&Mシリーズで、
密室殺人ばっかり出てきてもう密室も殺人も結構お腹いっぱいです。
でも読み続ける。
いつのまにこんなミステリ好きになったんだ。
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by kutuganaru | 2011-04-14 14:39 |

流星の絆

映像化された作品と、その原作、もしくはノベライズっていうのは、
そりゃあ違っていて当然で、そのどちらも面白い場合と、どちらも面白くない場合、
またやっぱり先に考えられた原作なりドラマなりが面白いこともあれば、
例外的には、原作よりも映像化の方が面白かったり、
とっちらかったドラマを小説がうまくまとめて説明してくれてわかりやすい!っていう場合もある。

色々なケースがあるので、私は割と比べたりするのが好きです。

この個人的勝手な比較は、『スリーパーズ』に始まりますが、映画を先に見てから小説を読みました。
もちろん小説の方が事細かに説明されていて、細部までわかるため理解はしやすい。
しかしながらラストシーンのすがすがしさは、まさに映像だからこそ表せた感動であり、
いくら詳細に説明したところで、目の前に広がる光景のインパクトには到底勝てないものだった。

最近では、『悪人』なんかはどちらも良かったですね。
どこかの誰かが言っていたが、小説では説明しきれない女子大生が殺されてしまう背景を、
満島ひかりがうまく表現していたりと、映像化ならではの良さも目立った。

逆に超個人的な意見としては、先日放送された「新参者シリーズ」の「赤い指」。
これ、原作良かったって言う人すごく多いけど、私的にはいまいちだったんですが、
ドラマはとてもよかったです。
「容疑者Xの献身」くらい原作に忠実にやられちゃうと、新鮮味がなくて、いまいち楽しめないですが。


そんな「加賀恭一郎シリーズ」でもおなじみの東野圭吾著
『流星の絆』

2年くらい前に、クドカン脚本でドラマ化されていた本作。
ずっと原作を読みたいと思っていたので、ブックオフで300円で売っていたのを発見した時の喜びといったら!!

ドラマでは、長男功一を嵐の二宮和也、二男泰輔をNEWS?の錦戸亮、妹の静奈を戸田えりかが演じ、
またキーパーソンとなってくる柏原刑事役には三浦友和、戸神行成を要純、萩村刑事をバナナマン設楽、
戸神行成の父政行は柄本明と、そりゃあまあそうそうたるメンツを揃え、
シリアスな原作を大胆にアレンジし、コメディタッチにした挙句、
主題歌を歌う中島美嘉を劇中に登場させたり、てんやわんやの中で、
大筋は見事原作通りに仕上げるという、
かなりな神業的脚本と、役者の演技で相当面白いドラマになっていました。

そんなドラマからは想像できないほどシリアスなものだといううわさの原作…。

幼いころ両親を殺された兄弟3人が、詐欺を働いていくうちに、両親殺しの犯人を偶然見つけ、
復讐の計画を立てるうちに、妹はその息子に恋をして...

という話に、はたしてドラマを見ていない人は付いていけるのだろうか。
私は話の大筋を見た上で読んだので、細部は気にせずに楽しんで読めたが、
そうじゃない人からしたら、「え、ちょっとまってまって、ついていけない」てなことにはならないだろうか。

ということはさておき、では小説ならではの面白さって一体なんだったんだろう、
と考えるが、上手く言葉にできない。

続きを早く読みたくて、寝る間も惜しんで読んだのは事実だが、
じゃあ何が面白かったかと問われると難しい。
読んでいる間中、ずっとドラマのシーンを頭の中で反復しながら、
当時の感動を繰り返し思い描いていたように思う。

しかし、この小説なくしてあの素敵なドラマはできなかったことは紛れもない事実だし、
やはり破たんのない文章能力はさすがとしか言いようがない。


ちなみにこの作品、ドラマと小説で、結末の一部が違うんですが、
私はドラマの方が断然好き。

そして作品通して一番素敵なのは、要クン演じる戸神行成であったことは言うまでもない。


★★★☆☆
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by kutuganaru | 2011-01-18 14:54 |

永遠の0

突然ですが、命は何よりも大事だと、私は思っています。
なぜなら、各人にひとつずつしかないからです。

以前、伊坂幸太郎著「マリアビートル」という作品で、
「どうして殺人を犯してはいけないの?」という質問を大人にぶつける、王子という少年が出てきました。
それに対して、塾講師の鈴木はこんな感じで答えます。

「なぜ人を殺してはいけないのか、という疑問は、なぜ人のものを盗んではいけないのか、
という質問ととてもよく似ている。ただ、唯一相違するのは、殺人は犯してしまったら、
二度と取り返しがつかないという点だ。
だから人間の感傷を排除すると、例えば、世界に一つしかない超レアものの漫画を盗み、
それを焼き払ってしまうことと、殺人を犯すということは、究極的には同等の理論になる」

偉大なる伊坂幸太郎先生は、もちろんもっときちんとした文体で、
人間の感情にも触れながら書いていますが、大まかにはたぶんこのようなことが書いてありました。

また、森絵都著「永遠の出口」の冒頭、主人公の幼い日について書かれている部分には、
「とりかえしのつかないものに対する恐怖」が書かれています。
恐怖、といっても、かわいらしいもの。
ちょっとレアな場面に遭遇した姉に「もう二度と、見ることができないんだ~」とからかわれることが、
とっても怖かったという思い出。


この二つの例、私にはとても合点がいきました。
私の感じている得体のしれない恐怖、死に対する漠然とした怯えは、ここから来ていたのかと。


「永遠の0(ゼロ)」 百田尚樹著

ゼロとはつまり、日本海軍が使用していた戦闘機、零戦のことです。

主人公は祖母が亡くなるときに、自分の祖父が実は特攻で亡くなった人物であることを聞きます。
おじいちゃんだと思い慕っていた人は、実は血がつながっていないと。
ジャーナリストである主人公の姉は、特攻で亡くなった本当の祖父のことを調べたいといい出し、
人生に迷い、ニート状態になっていた主人公が、調査にかり出されていきます。

戦争で生き残った、もう余命わずかな方の中から、なんとか祖父を知っている人物を探し出し、
会いに行き、話を聞いていくうちに、祖父の人物象、戦争のむごたらしさ、
特攻隊員たちの心情、そして生き残った人々の心のうちを、主人公は知っていくのです。

そこに描かれる戦争は、目にするのも耳にするのも拒否したくなるような、
暗く淀み、鈍く輝き、理不尽で到底理解などできないものです。
当たり前です。戦争なんですから。私みたいな平和な時代に生まれてきて、
戦争はいけないことだという教育の元育ってきた私たちには、戦争の正当性など、
理解できるはずはありません。

しかし、戦争中、前線で戦ってきた多くの人々は、私よりも年若くして、闘い、
亡くなっていったというのは、まぎれもない事実なのだな、ということが突き付けられました。
彼らは、別に戦争を賛美していたわけじゃない。命を捨てるために、入隊したのではない。
戦争に参加することも、特攻隊員として志願することも、命令や、それ以外に生きていく道がなかったり、
そうした人ばかりです。
もちろん志願して入隊した人もたくさんいます。
でも、国のため、天皇のため、人殺しをするために入隊した人はいったいどれだけいたでしょうか。
もちろん、私には、それを知る術はありません。

私は命がなによりも大事だと言いました。
だからいつ死んでもいいいうことを口にする人や、実際に自殺をしてしまう人がどうしても理解できない。
しかし、自分の命よりも大事なものを守るために、死ぬことを受け入れる人はいるんだと、
この本を読んで初めてそれを実感として知ることができました。
お国でも、天皇のためでもない、もちろん喜んで特攻していったわけでもない。
震えあがるほどの恐怖と対峙しながら必死で、愛する人のためだと思いこんで、
必死で笑顔を作って散っていく、その人たちの気持ちを、わたしは、私たちは…。


本作は、主人公が話を聞きに行く、元海兵隊員ら戦争経験者の語りで各章が構成されています。
そこに、現代に生きる主人公やその周りの人物のエピソードが織り交ぜれられているというわけ。
ニートだった主人公が再び勉強を始めたり、姉の結婚話云々のエピソードがあるが、
はっきりいってそれは、いらなかったのではないかな、と私は思いましたね。
返って安っぽくなってしまったような。


★★★☆☆
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by kutuganaru | 2010-12-15 11:15 |
私の敬愛する、森見登美彦氏のブログである。

下記URLより、ぜひ見に行ってもらいたい。

高望みを捨て、そこに残るのは、阿呆の魂である。
バカにすることなかれ。
阿呆の魂は、なかなかにしたたかなくせ者なのである。
一度読んだらもうやみつき。
簡単にはやめられません。

この門をくぐる者は一切の高望みを捨てよ
http://d.hatena.ne.jp/Tomio/

ちなみに、amazonのマトグロッソというwebマガジンにて、
森見登美彦氏が連載をしている。
その名も「熱帯」。
佐山尚一という作家の書いた「熱帯」という本をめぐり、
森見登美彦氏と大層似通った主人公を初め、
毎度ながらとても魅力的な登場人物たちが繰り広げるお話である。
この作品を読んでいると、とても不思議な気分になる。
これは私が会社にて仕事がないときに読んでいるから、というわけではないと思う。
ワンダーランドに足を踏み入れたい方にはぜひおすすめします。


マトグロッソ  ※無料です!!
http://www.matogrosso.jp/
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by kutuganaru | 2010-11-27 00:45 |

いとしのニーナ

僕が君を好きになった理由はね


気が強くて
気まぐれで
わがままで
人を振り回すけど
それがぜーんぶ
僕の快感に
つながってしまったからなんだ
ニーナ
知ってますか
ニーナ


きもちわるいですか?

きもちわるくないですよね?



いくえみ綾



ぼくの快感につながってしまったからなんだ…

人を好きになるっていうことは、そういう、動物的な、本能的な、ものかもしれない。

とにかくわたしは恐ろしく共感したのでした。
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by kutuganaru | 2010-11-27 00:16 |

ニート6日目

写真、たくさん乗せますって言ったのに、乗せ方がわからなくなってしまった。
時間かかりそうです。

それはそうと、年末で仕事やめてしまったので、ニートです。

一週間、がむしゃらに職探ししましたけど。
まあなんとかなるっしょ。

んで、
何ヶ月ぶりか?に自分の時間が、有り余るくらいできちゃって、
久しぶりすぎて、なにしていいか、わからなくて、まあ、基本的には暇で惰眠を貪ったり、お菓子類を貪ったり、しているわけですが。

久しぶりに、本を読みきりました。

「有頂天家族」森見登美彦
有頂天な、狸一家の話です。
京の都は、その昔から、人間、天狗、狸の3種がないまぜになって暮らしているという。
京に風吹けば、それは天狗が風神雷神の扇を振りかざしたからだし、その辺を歩いている、ちょっと浮き世ばなれしたカップルは狸が化けているものかもしれぬ。
それを、私たちが分かるすべもないのだけれど。
そんなこたあどうだっていいじゃないか。
狸が喰われる事なく、天狗の尊厳が失われず、人間が天狗になんてなろうとしなければ、みんなハッピー、阿呆の血が騒ぐってもんだ。
踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損。
とばかりに、みんな面白い事を求めて右往左往。
ってなもんで、終始どんちゃん騒ぎを楽しみました。

なのに、家族愛あり、天狗と狸なのに人間愛あり、ジーンと来ちゃいました。
やられた。


「鴨川ホルモー」万城目学
2冊続けて京都を舞台にした本であるが、先日京都を旅してきたので、登場する現場がいちいち想像出来て、嬉しい限りである。

ホルモーとは、戦争ゲームである。
では誰がやるのか。鬼や式神の類いである。
しかも、その得体の知れない類いのものを実際に操るのは、大学生である。
さらに、その戦争ゲーム、大学のサークル活動として行われるのだ。
この意味のわからなさ、それこそ、この本の魅力である。
実は、はっきりいって、この本を読んでも、ホルモーの事がそんなによくわかる訳ではない。架空のゲームだろうから、しょうがないだろう。
ようは、ホルモー自体は二の次なのだ。
なんで、こんな得体の知れないサークルに、10人もの新入生が引き込まれて行ったのか、その人間模様が面白い。
荒削りなだけ、生の大学生っぽくて、いいんだなこれが。
あーわかるわかる!
みたいな?

山田孝之主演で映画かされるのですが、鬼や式神の類いの描写などが、どろろみたくなってしまわなければいいのですが。
ってゆうか、多分なるよね。
やつらの、うまい表現の仕方が思いつかない。
楽しみにしてます。
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by kutuganaru | 2009-01-10 16:17 |

潔く、柔く(8巻)

いくえみ綾最新刊。

文句なし。

このシリーズで、真山の次に好きな禄ちゃんがいっぱい出てくるし。
ああいう、冷たいんだけど、ほんとは冷たくないみたいな。
冷たくないんだけど、冷たくしなきゃみたいな。
でも出来ないみたいな。

好きです。

100%叶わない。
恋に恋してるいい年した女が。
本当に叶わないまま終わるっていうのが、いいんですよね。

人生って、そうなんですよ。
漫画みたいには行かないよね。
それが、くせになるんすよね。

そのくせ、まんがみたいなロマンチックがたまに、ほんのたまーに。
訪れるんですよね。

それがまた。

つまらない人生が、バラ色の明日。
やめらんないな、こりゃあ。
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by kutuganaru | 2008-11-30 23:56 |
最近、毎日夢を見る。
以前見ていたような、悪夢からは解放されたが、最近の夢はなんだか妙だ。
何が妙かって、自分が男になっているのだ。
自分は自分だから、外見とかそういうのはよくわかんないんだけど、とにかく男子の気持ちで、あっちこっち行ったり、誰かとしゃべったりする。
なにより、女の子に恋している。
なんでわざと男子、とか女の子、とかいうかっていうと、設定が高校生とかそんな感じっぽいから。
あたし、夢の中で男子高校生になっちゃってます。
なんで?これ、なんの願望の表れ??
ちょっと不安ですが、ふわふわした幸せな夢だし、恋する女の子はなんだか見た事ない人だけどとってもかわいいので、それはそれでいいのかなー

のほほーーん

ってしてるときに、とってもぴったりの、優しい本に出会いました(まじ久々!)

『海』小川洋子
短編集。中の「バタフライ和文タイプ事務所」をおススメされたので、手に取りました。
私は勝手に、小川洋子の作風を二分してて、全部読んでるわけじゃないんだけど、「博士の愛した数式」的爽やか作品と、「薬指の標本」的エログロ作品です。多分この二冊を最初に読んだんで、こんな感じになってます、頭の中で。
それで、上の「バタフライ〜」だけはエログロテイストが強くて、刺激的だったんだけど、他の作品はどちらかといえば爽やかええ話系で、心あったまっちゃいました。冬はやっぱり、鍋と小川洋子だね!
もし読んでくれている人がいるなら、なるべく誤解されたくないのでちょっと付け足しますが、そんな単純な二分じゃなくて、やっぱ双方が入り乱れてる感じはあるんです。あくまで表面的な話。あ、結局うまく説明できなかった。
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by kutuganaru | 2008-01-30 12:29 |
私は愛だの恋だのを薄っぺらくさも当たり前の様に描いている漫画、小説、トレンディードラマ、ラブコメ映画etc..が苦手である。
嫌い、とは言えない。というか分からない。
なんとなく嫌いなような気がするだけの、苦手なものには、手を出せないでいるからだ。
だから私は、江國香織や唯川恵、『恋空』や『いま会いにいきます』などにほとんど触れた事がない。触れてみれば意外と面白かったり感動したり、感極まって泣いちゃったりするのかもしれないけど、その扉を開けるような冒険は、あまりしない。
でも間違って『世界の中心で愛を叫ぶ』を映画館に見に行ったりもする。
それと同時に、かどうかは分からないが、川上弘美や小川洋子やいくえみ綾は大好きだし、『ニューシネマパラダイス』も好きだし、野島伸司脚本のドラマも大好きだ。
私はそんなバランス感覚(アンバランス感覚)を持ち合わせている。
野島伸司と言えば、次の月9は久しぶりに脚本を書いているらしい。
香取慎吾のムリヤリ感と竹内結子の鼻の穴はたぶん気になり続けるけど、野島伸司なので見るしかないです。
一時期「ストロベリーショートケーキ(?)」で限界を感じ、「あいくるしい」を見逃して相当後悔しているので、もうこれは確実に見ます。
なぜ私が野島伸司を好きなのかというと、セリフや役者使いの決定的なわざとらしさ、不自然さにつきると思います。
言ってる事がわざとらしい、ドラマだからまあ当たり前の事である。
しかし、多くのドラマが、わざとらしい事に気づいているのかいないのか、あたかもこれが日常ですよ、といった風情でやりすごしている。これは別に役者の演技力うんぬんの話では全くない。野島伸司作品では、どんなに有能な役者(まああんまり登場しないけど)でも、悉くわざとらしい。
ドラマそのものや、自らの主張、理想がどれだけ不自然な事なのか知っているわざとらしさである。それが、私に好感をもたらす所以かと、勝手に分析してみた。
そう勝手に納得してみると、なるほど、私の好きな岩井俊二にしても川上弘美にしても、どこかにわざとらしさや不自然感が漂っているではないか。
そして、その表現はもう絶対にわざとらしくて不自然に違いないのに、それらを全く普通のものとして汲み取る掬い上げるその優しさが、私は大好きなのである。
その点いくと、小川洋子というのはもう神の領域。本人の顔にまで、その優しさが滲み出ているではないか。

さて、タイトルは舞城王太郎の著書である。最近めっきりハマってしまって登場頻度が相当高い舞城氏は、かなりのロマンチストであり、優しい人であると、私は踏んでいる。
こんなに分かりやすい形は他にあんまり見当たらないみたいだが、もうどっぷり恋愛小説である。はっきり言って、目に涙がにじむところまではいきました。
体内中に這う虫が彼女の肉体を蝕み続け最終的に光り出したり、夢の修理人の言いつけ通りコンクリートに下半身埋まったおばちゃんを助ける夢を見たり、と、あまりに想像力が豊かすぎると嘔吐を催しかねない描写は多々あるが、舞城はそんな描写を用いて、パスカルの「愛しすぎていないなら、充分に愛していないのだ」という言葉を自分なりに表現している(のだという私の勝手な解釈)。
ところで私がこの本を購入したのはヴィレッジバンガードであり、そこには様々な商品に店員のコメントがつけられているのであるが、この本には「石原慎太郎が酷評。ってことは面白いってこと」みたいなコメントが貼付けられていた。
え、酷評?この本を?私はその酷評を目の当たりにしたわけではないのでわからないが、きっとこういう本を酷評するような人って言うのは、『バトル・ロワイアル』が青少年に悪影響与えますとか、映倫審査をもっと厳しくしたらどうかとか、平気で言っちゃうんだろうなー。
『オーシャンズ11』見て万引きだか強盗だかした少年たちが問題になっているらしいが、『オーシャンズ11』は悪くない。『オーシャンズ11』が悪いとしたらそれは豪華キャストを使った割におもしろくなかったという一点に尽きる(あ、ごめんなさい、見てないです)。『オーシャンズ11』を審査した映倫も悪くない。
少年たちは確かに悪い。バカだ。でもこの場合責められるべきは、そんな少年しか育成できない社会じゃないのか。それを自覚しないで表現弾圧ばっかりしてるから、バカな青少年しか育たなくなっちゃったんじゃないのか。
って、なぜ私がこんなに熱くなっちゃったかというと、先日まで書いていた卒論のテーマだったからであって、卒論という場においてはやっぱり何重ものオブラートに包んで書かなくてはならなかったため相当フラストレーションが溜まってしまったからなのであります。
バカな大人からはバカな子供しか育たないし、そのバカが大人になって育てる子供も、そりゃあバカになるんじゃい。
って、じゃいってなんだじゃいって。
そんなバカに育てられてもバカにならない方法は、もう表現にどん欲に食いついていって、免疫つけるしかないじゃないか。その方法すら絶とうってのかい。一体どうなっちまってんだい、日本は。
とかいってますけど、実際アメリカその他先進国は日本よりかなりレイティング厳しいみたいです。でもマリリンマンソンは『ボーリングフォーコロンバイン』でこういっています「俺がダメなアメリカを作ったんじゃない、ダメなアメリカが俺を作ったんだ」と。
結局のところレイティングなんてのはごまかそうと思えばどうにでもなるもんだし、だいたい18禁のエロ本やAVを見た事のない男子中高生というのは一体全体の何割いるんだかも微妙なところである。ってゆうか私の予想だけど、ほぼいないと思う。
そんなあんまり意味ない規制強化に躍起になってないで、する事他にいくらでもあんだろとか思っちゃうわけなんだけど、まあ結局卒論では全く言えずに終わった本音をこんなとこで言っている私も、自由じゃない人の一人だ。

で、結局何の話だっけ?
そうそう、舞城氏の『好き好き大好き愛してる』はタイトル通り愛に満ちた作品で、その愛っていうのは、先に述べた野島伸司や岩井俊二や小川洋子なんかと同じで、万人に向けられた愛であり、愛があるからこそ成り立つ暴力描写なのであり、それは私がいつも心がけているところなので非常に共感できるものなのだ。
高校3年生のとき、「毒舌な人第3位」というなんとも触れにくい肩書きを与えられた私も、嫌いな人や興味すらない人に毒舌は吐けない。そういう人には、ものすごく優しく接しているつもりだ。そして8割型その愛は相手に伝わるが、2割の場合、毒舌によって避けられたり苦手とされたりするので、人間関係ってのはほんとに難しいもんだなーと実感するわけなんだけど、結局あたし何が言いたかったんだろう。

①野島伸司のドラマが楽しみ
②竹内結子は本当に美人なのか
③男子中高生時代にエロ本を一度も見た事ない人募集
④石原慎太郎の凄さは石原裕次郎の兄であるという一点に尽きると思う。

まとまりつかないから終わり。
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by kutuganaru | 2007-12-21 21:03 |

24歳と4ヶ月

なんか楽しい事ないかなーーー

というのが、知らないうちに口癖になってしまいました。

楽しい事は、他に求めることじゃない。
自分で、作り出す事だ。

頭ではわかっていても、やはり、「楽しい事」が、玄関から「あ、どうも、おじゃまします」などと訪ねてくる事を、望んでしまう。
その理由は、とても単純で、わかりやすいものです。

何が楽しいことなのか、自分で思いつくことが出来ないから。

時間があるからといって、バカの一つ覚えのように本を読み、映画を見る(だから、二つ覚えというべき?)。

例えば小学生なんかは、楽しい事を次々と思いつく。
冒険とか、お絵描きとか縄跳びとか、とにかく忙しい。
中学生のときの私は、とにかく部活に一生懸命だった。
全然気の合わない同級生と、どう付き合っていくか必死で悩んだ。
有り余る反抗期パワーを、持て余して居心地が悪かった。
楽しむ余裕なんて、あんまりなかった。
高校生のときは、とにもかくにも、箸が転がっても笑えるという言葉がぴったりなくらい、よく笑った。
何をやってもおもしろいんだから、楽しい事をわざわざ探す必要なんてなかった。

じゃあ、今は?

何をしたら満足できて、充実した時間なのかな。


人は、こういう風に、その年に見合った楽しみとか、幸せとか、感じながら生きているでしょう。
じゃあ、それが出来なかったら?
急に、自分が小学生の体になってしまったら、どうやって生きていけば良い?

「秘密」東野圭吾
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by kutuganaru | 2007-12-13 21:18 |