三十路女のくだらない日々。


by kutuganaru
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30

感想文、のようなもの。

子供の頃、夏休みの宿題には「ドリル」「自由研究」そして「読書感想文」という三つの砦があった、と、記憶している。
私は最後の5日くらいで泣く泣く宿題を終わらせるくちであったが、見せかけだけは真面目だったため、5日では絶対終わらないと思われるものは、40日間のうちの、気が向いたときにやる。最後の5日でやるのは、「ドリル」と毎日の日記であった。
自由研究は8月の中旬に気が向きながらも母親に文句たれながら、額から汗をたらしながら、面白くもない研究のまねごとを、つまらないつまらないああつまらない、と思いながらやった。良い思い出なんて一つもない。同級生の自由研究で唯一覚えているのは、紙の水に対する耐久性ついての研究をした男子が、思いあまって千円札も水浸しにしていて驚いた事くらいである。
しかし私が最も苦手だったのは「読書感想文」である。
400字詰原稿用紙に、普通は三枚程度にまとめるものを、私は七枚書いてもまだ終わりそうもなくて、それはさすがにありえないだろうと思って、全部消したりしていた。
なんでそのような有様になってしまったかと言えば、「読書感想文」というものの意味を全く理解していなかったからに他ならない。
当時の私は、まず話の内容をまとめて、それから自分の感想を述べなくてはならないと強く思いすぎていた。そして内容をまとめる、という時点でまずつまずいた。
内容は、まとまらない。本を書いた人だって、無駄に長く文章を書いているわけじゃない。十分まとまった形なのだ、本というのは。それを、たかだか小学生がさらにまとめるなんて、無理に決まっている。
今考えれば、まとめる事なんて不可能なんだから、そもそもまとめる必要なんてないんだと、すぐわかる。でも真面目で頭の固い小学生の私に、それはわからなかった。だから本の中で起こったエピソード全てを羅列して、七枚も書いてしまったのだ。かわいそうな私。大きくなって子供が小学生になったら、足し算よりも漢字よりも、読書感想文の書き方を、まず教えてあげたい。ドリルくらい全部やってあげてもいい。でも自由研究だけは、一切力になれない。

子供に教えてあげられるお母さんになるためにも(って予定ないけどさ)感想文を書く練習をしようと思う。

○映画○
『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』
殺人鬼をミュージカルで演出、というのは私の見た中だと、『カタクリ家の幸福』(三池崇)以来だが、この作品はすごい。何が凄いって、あんだけスプラッターやり放題で、卒論書いたけどR−15は免れ得ない事を認めてしまうほどであるにもかかわらず、完全なるエンターテイメントであり、美術、役者、音楽、演出すべてが完成されている事である。
スウィーニー・トッドは復讐に燃える悲しい男だ。彼の過去は涙なしでは到底語れない。にもかかわらず、彼は歌う。声高らかに歌う。ジョニーデップの歌声はなんかもうかっこいいとしか言いようがない感じだ。歌が彼の悲しさをあますところなく表現している。トッドに関わる人は、みんな悲しい。トッドの悲しみが、憎しみが、怒りが、その歌声によって周りの人に伝染するように。
この映画は言うまでもなくカラー映画である。しかし、色彩はことごとく押さえられている。モノトーンは精神の暗黒を表現する。反対に希望に満ちあふれた登場人物が、一人でもいるシーンはどうだろう。予告編でも目にするが、その色彩は目に余るほど鮮やかである。その対比の徹底ぶりが素晴らしい。
ティム・バートンだからって油断しちゃいけない。ファンタジーだけを期待しちゃいけない。彼は結構、惨い事もする。今までは内容のみに留まっていたが、今回は映像的にも惨い。まあ平気な人は平気だろうけど、『座頭一』でひいひい言っている人は、覚悟してから見に行く事をお勧めする。でもその完成度ゆえ、見て後悔はしないと思う。

『厨房で逢いましょう』
これは、邦題ミスではないかと、私は思う。
こんなタイトルが似合うような、メルヘンでハッピーな話じゃない。
エロティック・キュイジーヌ(官能的な料理?)を作り出す太ったシェフと、障害を持った娘を育てる若く美しい女が、友情だか愛情だか微妙な関係を作っていく。周りは混乱する。その混乱は、当人たちをも巻き込む。そんな話だ。重い。シェフの体重ほどに、重い。
その重たい話を彩るのが、エロティック・キュイジーヌであり、それは食べる人全てを快楽の世界に誘う力を持つ。それを口にした人は、脇目も振らずに皿までなめる。礼儀作法なんてお構いなしである。他の料理なんて食べたくなくなる。「パラダイス」だ。食べたい。ものすごく食べたい。そしてものすごく当たり前の事ではあると思うが、「食べる」という行為が「恥ずかしい」ことでありまた同時に「エロい」行為である事を思い出す。
最後になるが、あんなに悪役らしい悪役というのを、私は久しぶりに見た。
ギブミー・ハッピーエンド!!!!!

○本○
『夜は短し恋せよ乙女』森見登美彦
私は明日古本市なるものに行こうともくろんでいるが、まぎれもなくそれは、この作品の影響である。ちなみにこの固い文体も、この作品の影響を多分に受けている。
登場人物が全て愛らしい作品は、これまで何度か読んだが、こんなにみんながみんな愛らしくまたものすごく身近な気がする作品は珍しい。身近な気がするといったが、身近にいそうな人なんて、実は一人しかいない。その一人とは、道ばたの石ころに甘んじる運命にある、主人公「先輩」である。
他の登場人物と言えば、もう一人の主人公である黒髪の乙女、天狗を名乗る樋口、三階建て電車に住む李白翁、パンツ総番長に象の尻の方に古本市の神、などなど、変な人ばかりだ。
しかし、この本を読んだ後、彼ら全員と、もう私は友達になっていた。自分の中では完全に、もう友達だった。みんなどう過ごしているだろう、と妄想した。大学とはかくも面白いものであったかと、妄想した。現実もみんなが風邪で寝込んでいると、勘違いもした。そのくらい、ハマる。
この作品は全ての人におススメしたい。誰もがただただ「オモチロイ」気分になれる、いーー本だった!!

森見登美彦さんのブログが超おすすめなので、暇な人でなおかつ森見さんの作品ちょっとでも読んだ事ある人でさらにまだチェックしてない人はぜひ見てみてください。声出して笑えます。
[PR]
by kutuganaru | 2008-01-26 02:05