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三十路女のくだらない日々。


by kutuganaru
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第4話

 千代がホットミルクにほっこりしつつ、ぼん吉はどうしてうちの居間に居座っているのかなあ、などと考えていると、玄関の戸がガラガラ音を立てた。

 「なんで、店誰もいないの」

 呆れ返った声をあげたのは、高校から帰宅した弟の咲ノ介だった。

 「サクちゃん、おかえり」
 「咲ノ介さん、おかえりなさい」

 千代とぼん吉は声を揃えた。
 咲ノ介は、何も答えずに階段をトントンと軽快に昇って自分の部屋へ行くと、高校の制服を脱ぎ、ブレザーとズボンをきちんとハンガーにかけてから、もう一週間も洗濯していない中学時代のジャージを着て、ブレザーの下に着ていたワイシャツを片手に降りてきた。
 ワイシャツは、毎日洗濯するのだ。咲ノ介はアイロンも、自分でかけている。
 
 「サクちゃんも、ホットミルク飲む?」

 千代は、咲ノ介が怒っていると踏んで、甘ったるい声を出した。

 子供が苦手な千代であるが、弟だけは違った。
 自分のことですら苦手であった小学生の頃も、それよりもっと小さくて、腕を強く握っただけで折れてしまいそうなほどだった頃も、咲ノ介のことだけは、かわいかった。
 なのに、咲ノ介は、つれない。
 幼い頃から、咲ノ介はいつも、つれなかった。
 他の家の子や、クラスの女子には、とても優しい子なのである。
 気を引こうと女子にいじわるをするような、ありがちな小学生男子とは、一線を画していた。
 乱暴な中学生男子とも、一線を画していた。
 そして、自分と、恋愛と、バイクにしか興味を持たない高校生男子とも、あきらかに一線を画している。
 しかしその、いつの時代も、千代にだけは、一様に“つれない”という姿勢を貫き通していた。
 “冷たい”のでは、ない。
 “嫌っている”わけでも、決してない。
 千代は少し寂しい思いを、いつもしていた。
 あまりにいつも、少しばかり寂しいので、もう慣れてしまったのだけれど。

 「お姉ちゃん、店は」

 千代の家は、一階の半分が、商店になっている。
 たばこを売る小窓があり、その脇に引き戸の入り口があって、ハンドベルのラの音が取り付けてある。
 パンや、洗剤や、カップヌードルや、菓子折りや、電池、ライター、などが、乱雑に置かれた、狭いけどなんでもそろう、店である。

 「誰もこなかったよ」

 千代は言いながら、自分が寝ていた時間のことが不安で、ぼん吉を振り返る。

 「誰も、来ませんでした」

 ぼん吉も、丁寧に答える。神妙な顔をすることも、忘れない。

 「なら、いいけど」

 咲ノ介は、ジャージ姿で、店へとするする入っていった。
 
by kutuganaru | 2009-02-12 23:55