三十路女のくだらない日々。


by kutuganaru
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動物園での出来事

動物園というのは、人の限りなく少ない時にくるものだなあ。
人だかりで動物なんて見えやしない。
いや別に、そんなに動物が見たかったわけじゃないけどさ。
動物を見るための大行列、まっすぐ歩くのすら困難。
まったくやりきれない。

そんなことを心の中でぶつくさと、つぶやきながら歩いていると、
一人の少年が私を見ていることに気がついた。
耳には補聴器がついている。
補聴器がどういう仕組みで音が聞こえるようになっているのかなど皆目見当もつかないが、
どういうわけかその補聴器は、私の心の声をうまい具合に拾っているっぽい。
もしくは私は思ったことを無意識に声に出していたという可能性も否定できないが、
その少年以外、私のことなど気にかけている人間は一人もいない。

少年は、しばらく私を見つめている。
こちらも目が離せなくなって、自然、見つめ合う形となっている。
しばらくすると少年がふと視線を私の目から胸の辺りまで落とした。
首からかけていた古い一眼レフカメラが気になったらしい。

私は少年に恐る恐る近づく。
少年は逃げない。
私はしゃがみこんだりせずに、少年を見下ろしたまま、声に出して聞いてみる。
「撮ってみる?」
少年は、顔を上げない。
声はよく聞こえなかったらしい。
ためしに心の中で問うてみる。
「撮ってみるかい?」

少年は驚いたように顔を上げ、次の瞬間にっこりと笑った。

乳歯が抜けて、まだ歯の生えそろってない顔の、なんとかわいいこと。
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# by kutuganaru | 2011-05-04 18:16

ザッピング

ケイゾクは力なりとかなんとか、それっぽいこと偉そうに言っときながら、すっかり遠のいていたブログ。
自分のパソコン持ったら、もっと頻繁に更新できるのだろうか。
次に雨が降った日に、自分のパソコンを購入しようと目論んでいる私です。


最近は、本当によく本を読んでいる。
なのに全然読むスピード上がらないのは一体どういうことか。
でもいい。その方が長く楽しめるんだから。

その中で印象に残った作品を記しておこうかね。

「すべてがFになる」森博嗣
記念すべき森博嗣作品一作目。
これ、講談社ノベルスのメフィスト賞受賞第1作目、ってより、
森博嗣のデビューを衝撃的にするためにメフィスト賞が立ち上がったとか上がってないとか。
納得です。
自分の中の偏見とか決めつけとかそういうもの全てを覆される快楽。
シリーズ10作中8冊目まで読んだけど、1作目のこの作品は私の中でいまだ越えられてない。

「フリッカー式 鏡なんとかにうってつけの殺人」(←あいまい)佐藤友哉
佐藤友哉の作品を読んでみたいと思っていたところに友人が突然貸してくれた。
他の作品はもう読まなくていいかな。
ミステリとしても青春小説としても中途半端。文章の破たんもちょっぴり気になる。

「少女は踊る暗い腹の中踊る」(←あいまい)岡崎隼人
なかなかおもしろかった、というのは文体に若々しさ、スピード感があったから。
描かれる猟奇殺人も突飛で面白かったし。
だけど一般人が共感できるレベルを若干超えるぶっ飛び具合で、ついていけない感があるし、
終わり方が気に食わなかった。残念無念。

「ニキの屈辱」山崎ナオコーラ
これは雑誌「文藝」のなかに載ってたので読んだんですが。
こんなにキュンキュンと胸に突き刺さる恋愛小説には久しぶりに出会いました。
読んでたのが電車の中じゃなかったら、泣いてたと思う。
すごく食感も後味も良いデザートのような作品。


いっぱい読んだけど、ほとんどが森博嗣のS&Mシリーズで、
密室殺人ばっかり出てきてもう密室も殺人も結構お腹いっぱいです。
でも読み続ける。
いつのまにこんなミステリ好きになったんだ。
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# by kutuganaru | 2011-04-14 14:39 |

よく寝れるよ枕。

特に書くことはないけれど、
ケイゾクは力なり、とも言いますし、
何か書かなければ、と思うのです。

それで、枕の話です。

雪が降ったりなんだりで、天気がイマイチだった最近ですが、
日曜に一日だけなんだかすごく晴れました。
朝起きた瞬間から嬉しくて、布団干しますよね、やっぱ。

そしてさらに興奮した私は、枕と、抱き枕として愛用しているイルカのぬいぐるみまで干したわけです。
ファブリーズぶっ掛けまくって。
その干した場所っていうのが、ベランダの柵の部分ね、あの、細い。
そこしかないもんだからまあ大丈夫だろうってことで、
やじろべいみたいにバランスとって、お日様よ、あとは頼んだ!とばかりに置いといたわけですよ。

そしたら、そのバランスの取り方が悪かったのか、風の吹く向きの問題なのか、
枕が外がわに落っこちてしまったわけです。
イルカくんの方は、ベランダ側に落ちたんですが、枕だけ、下へまっさかさま。
あ、ちなみにうち2階です。

まあ下には人が住んでいないし、外から回って柵乗り越えて拾えたんですが、
その枕、もういつから使ってたんだか定かじゃないくらい昔から使ってて、
あろうことが沖縄にまで持って行ってたし、もうぺちゃんこで、ほぼ枕の機能を果たしていなかったので、
いい機会だと、購入を決意!
っていっても、高級な枕とか買う余裕もないので、たまたま行ったショッピングモールに入ってる
寝具屋さんにて1000円のものを購入しましたの。

そしたらさー、すんごい寝心地よくて!!
今までベッドで本読むときは、枕の上に抱き枕のイルカくんを乗せて、その上に頭乗せて
ようやくバランスとれてたのが、
もうベッドに座る時の背もたれにしても、横になって本読むときも、実際眠るときも、
ほんとにちょうどいいサイズなんですよ!!
1000円で、こんなに幸せになれるんですね、にんげんて。

なので、最近は毎朝寝坊しそうです。

最近寝てるときの夢、あんまり覚えてないなあ~
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# by kutuganaru | 2011-02-16 00:25
なぜ自分が考えることを放棄するようになってしまったのか考えてみたとき、
思い当たるのは、答えが出ない、ということに疲弊してしまったのではないかということである。

社会的なことや科学的なことなどは、それ相応の努力さえすれば答えが得られるが、
殊に自分のこととなればいくら考えても答えなど出るはずもない。
推理が推理をよび、もはや何がなんだか分からなくなってくるのがオチだ。
その、何がなんだか分からない感じを、自分の中で転がして楽しむ事ができる人もいる。
これは私の予想だけど、楽しめる人っていうのは、それなりに的を射た推理をし、
さらにそれが推理であることを知りつつ、より面白い推理をすることを楽しめる人なんではないだろうか。
ちょうど、自分の宇宙を、内側へ内側へ広げてゆくように。

森見登美彦氏の最新著書『四畳半王国見聞録』において、
不毛な(四畳半王国の)国王は、自分の四畳半を内部へと広げることに全力を費やした。
また、舞城王太郎の作品において、全ての問題がドメスティックな問題へと帰結してゆくのも、
そういったことかもしれない。

そして上記の作品たちは内部へ内部へと広げた宇宙を、いずれ外へと解放しようと試みている。

四畳半王国の国王は、なんとなく気の合う同士や、阿呆神との素晴らしくもくだらない、
くだらないがやっぱり素敵なそしてどこまでも阿呆な出会いによって。
頑なな心は次第に外へと向けられる、かに見えるような希望に満ちた終わり方をしている。

舞城王太郎の作品に見られる外側への解放は、「見立て」と「はったり」によって行われる。
(これはどこかのサイトに書かれていることの完全なるパクりですが)
例えば小説とかドラマで殺人事件が起こる。探偵(もしくは探偵役を演じる人物)は推理する。
その推理を犯人に伝えることで、犯人はその推理が正しいこと(もしくは間違っていること)を認める。
しかし、これが殺人事件ではなく、そこに犯人がいない場合(犯人も探偵も、全て自分である場合)
推理を正しいかどうか判断するのは一体誰になるのだろう。
そうして、犯人である自分と探偵である自分がいたちごっこを始めてしまうことが、
先に書いた推理が推理を呼ぶ、ということで、同時に自分を内部へと拡張することになるとする。
そこで「見立て」と「はったり」が登場する。
それらしく見える「見立て」を使って、それらしい「はったり」を正しい推理としてしまうのである。
かなり強引に、だけどきちんと成立するように計算して。
そうすることで、外側への解放を試みている。(失敗しているときもある。)

自分宇宙の内側への拡張と、外への解放は成長するという意味でも、
ただ単純に楽しいとかそういう意味でも、結構重要なファクターになりえると思う。

今の私の状態を言えば、内側へ拡張することも、外へ解放する事もない。
広がりも縮みもしない、不動、おもしろくない。
その動きが鼓動のように躍動することが、人の面白みになるのかな。
そういう人に、なりたいなあ。
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# by kutuganaru | 2011-02-15 00:46
どうしてこんなことになっちゃったんだろう?
と、自分の予期しない方向に進んでいくことって多々ありますが、
ここ最近で一番感じるのは、

どうして私こんなに文章書くの下手になっちゃったんだろう!?

ってことです。

大学生くらいまで、なかなかわかりやすい文章が書けていたように思うのに、
なかなか面白い文章をかけた時も、たまにはあったのに。

今はもう、書いていて自分で何言ってんだか、何が言いたいんだか、
わからなくなっちゃうような支離滅裂なだけならまだしも、
もはや文章の基礎からしてグラグラグラグラ揺らぎまくってますよ。
欠陥工事ですよ!!

例えばカラオケに行っても、自分の謳っている音が外れている事に気付きながら、
直すことができずに、不協和音が反響していてもう気持ち悪い!!って思うことと同じで、
自分の書いている文章が下手くそすぎて気持ち悪い!という思いが続いている。

それでブログからも離れちゃっているんですが。

そもそもブログによってそんな文章力が保たれるなんて事は思いたくありませんけどね。
それでも日常的に文章を書き続けるということはとても大事なんですよ。
別に実際書かなくても、頭の中で組み立てるだけでもいいのです。

それなのに、私の頭の中ときたら、最近では文章どころか下手くその落書きみたいな
線だか点だか文字なんだか絵なんだか、そういうわけのわからないものが浮遊するばっかりで、
順序立てとか句読点とか以前の問題になっている!!


なんてこと。

これも考える事を放棄して、楽な道を選んでいることの代償なのか。
それって残酷すぎやしませんか。
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# by kutuganaru | 2011-02-14 14:54

キック・アス

正義のヒーローものも、だんだんネタが尽きてきたのかなんなのか、
一風変わった正義のヒーローものが多いですね、最近は。

悪者のフリして悪者を退治する、グリーン・ホーネットもそうでした。
てかこちらは、最初本当に悪いことしてたね。

そして、ウェブでヒーローコスプレ買っちゃうだけで、
簡易ヒーロー出来上がり、みたいなのが、今日見た映画。

『キック・アス』
監督:マシュー・ヴォーン
出演:アーロン・ジョンソン、クロエ・グレス・モレッツ、ニコラス・ケイジ ほか

最初は超軽い気持ちでヒーローコスプレをしているだけだったくせに、
あからさまに悪そうなギャングを見つけて、退治しようとするも、
即効でナイフを出されて刺されちゃう。その上にひき逃げまでされる。最悪。
なんとか助かって、体中金属で補強されまくって学校行ったら、ゲイっていう噂が流れてる。

というどうにも冴えないデイブが、その悪者退治の最中に、ヒットガール&ビッグ・ダディ親子に出会い、
本当の悪者退治に巻き込まれていく。

だけど、ヒットガールとビッグ・ダディはコスプレしているものの、技術はホンモノ!!
悪いやつガシガシ殺しまくる、技術も武器も持っている。
しかも容赦がない。とにかく殺して殺して殺しまくるのだ。
しかもヒットガールの口の悪さったらない。あのかわいらしい口から、
字幕でも「○○」と表記されてしまうほどの放送禁止用語連発!
車まで運転しちゃうんだから、教育ってスゴイデスネ。

それに引き換えデイヴのふがいなさといったら・・・
でもそんなのあたりまえデス!デイヴは普通に育ったごく普通の男の子なんですから!!
ゲイでもないし。

そんなこんなで、中盤から後半に掛けてのヒットガールの活躍っぷりたるや!!
ほんとこれ、主演女優賞ものなんじゃないですか!!?
何の賞なのかはわかりませんが!!

息もつかせぬ殺しっぷり!!
劇場で見ることを強くオススメします!!
私ももう一回見ようかな!

★★★★★
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# by kutuganaru | 2011-02-14 00:19 | 映画
これでもわたし、割と読書が好きだったりします。
もっぱら小説しか読まないし、肌に合わない本は途中で読むのを止めてしまったりするけれど。

映画もとても好きだったりします。
有名な作品を見ていなかったり、有名な監督を知らなかったりもするけれど。

他人の創作の波に揺られ、その文章の湖に、映像の深海に溺れる。
その感覚に病みつきになり、いつしか自分でも創作することに憧れているのです。

しかし、じゃあ何で表現するのか。
何を表現するのか。

大学生の頃、私は写真で表現していた。
文章を書くということで褒められて、気をよくして小説まがいのものを書いたこともある。
高校生の頃を遡ってみれば、一瞬は映像を作ろうとしていたこともあったし、
実は音楽をしようと試みたこともある。

でも結局は、どれもうまくいかなかった。
自分の作品に満足したことなど、ほとんど一度もなかった。
そしてそれを、私は「技術不足」「向いてない」というありきたりな言葉で片付けていた。

でも、本当は違う。

私には、表現すべきことが特になかったのだ。


『「鍵のかかった部屋」をいかに解体するか』で著者はこんなようなことを言っている。

ポップカルチャーの担い手は自分が読みたいと思う小説が存在しないことに欲求不満を覚え、
だったら自分で作ってやる、という思いで書いている。

現状に満足していない者が、もっと面白いもの、もっと素敵なもの、と貪欲に突き進んでいるから、
ポップカルチャーは進化し続けているのだ。


これでも昔は、批判精神の塊のような人間だった。
中学生のころは反抗期もあいまって、世の中の大半の事に不満を持っていた、ような気がする。

そしてあるとき、その全てがなんとなくめんどくさくなってしまった。
文句なんていっていても、どうせ自分で変えることなど出来ないんだし、
だったら不満なんか持っているより、楽しく生きていけばいいじゃない?と。

おおむね、悪くはない考えだったと思う、
でも、そこで私は大切なものを失くしてしまったように思う。

批判したり、不満を持ったりする事は、結構体力がいる。面倒くさい。疲れる。
それに引き換え、色々なことにある種の諦めをもって、なんでもそこそこで満足するということは、楽だ。
その楽ちんさに、私は身を委ねてしまった久しい。

しかし、平和で楽チンな日々の中から、強い想いは生まれない。
表現なんて生まれるわけがない。
仮に生まれたとして、それが誰かたったの一人の人の心さえ、動かすことは決してない。
そして、誰の心も動かすことのない表現なんて、無意味だ。
いや、無意味と言ってしまってはいけないのかもしれない。
いやいや、そんなことやっぱり関係なくて、無意味だとここはあえて断定しよう。


私のような人間は、別に表現などする必要がないのだろう。
しかし、私はそれでいいと思っていない。
今一度中学時代の批判精神を取り戻せ、自分。
強い、強い想いに突き動かされて、悩め、苦しめ、疲れろ、自分。

考えろ、考えろ、考えろ。
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# by kutuganaru | 2011-02-11 17:22
人口のお話。

中国 ・ インド ・ フェイスブック

という言われ方をしているらしいですね。

フェイスブックの人口、約5億人。

これ作ったのが、一個したのオタク系男子だとは!!

『ソーシャル・ネットワーク』
監督:デヴィッド・フィンチャー
出演:ジェシー・アイゼンバーグ、アンドリュー・ガーフィールド ほか

フェイスブックの創始者マーク・ザッカーバーグの話に基づいたフィクション。だそうです。
制作の際、マークも、訴訟を起こしたマークの友人サリバンも、インタビューなどは断ったのだとか。
ちなみに完成した映画はフェイスブックの社員全員で見たんだそう。なんかアメリカって感じデス。

でもね、そんなことはほんとどうでもいいこと。
フィクションだろうが、ノンフィクションだろうが、そんなことは関係ないと言わざるを得ないほど、
映画として、きちんと完成している素晴らしい作品なのでした。

しょっぱなから早口でまくし立てるような頭の良さそうなセリフ、会話会話!

「ちょっとこれ、私なんぞについていけるんだろうか…」

と不安になりなるのもつかの間。

怒涛の会話とカメラワーク、カット、その心地いいスピードのリズムに乗るように、
最初は ??? だった頭が、徐々にストーリーの波に揺られていきます。
心臓がドキドキしてきます。つまり興奮してくるのです!!


2つの訴訟を抱えたマーク。
どうしてこんなことになっちゃったのだろう。
マークのふてぶてしくもどこか情けない表情に、愛らしさすら覚えます。

僕はただ、僕のプログラムで大勢のひとが楽しんでいれば、それでよかったのに。
少しの仲間と、小さくてもクールなサイトを作っていられれば、満足だったのに。

そんな心のつぶやきが、私には聞こえてくるような気がしました。

マークはとても誤解されやすい。
素直じゃないし皮肉屋だし、そのくせ頭はめちゃくちゃいいからだ。
そういうマークに、共感を覚えたのかも、私は(頭はちっとも良くないけど)。


とにかくこれは、実話をもとにしたフィクションなんです。
物語なんですよ。
実際のマーク・ザッカーバーグがどういう人なのかなんて私は知らないけれど、
この映画の中のマークは、そんな人間味溢れる、人付き合いがちょっと苦手な
ただの若い男の子だったってことです。
そしてそれを演じたジェシー・アイゼンバーグはめちゃくちゃいい味出してました。好きです!


最近可もなく不可もなくな映画ばかり見ていたので、
こりゃー久々にガツンときました。


★★★★★
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# by kutuganaru | 2011-02-08 15:36 | 映画

GANTZ

話題のGANTZ見てきましたー

なぜ見たかというと、キャストが私好み過ぎたからデス!!!
他に理由など一個もありません。

というわけで、内容には特に触れず、キャストについてさらっと。

嵐の二宮和也は、やっぱ溜める演技がいいんだよね。なぜかものすごく共感できるのです。
松山ケンイチは、今回も役に入り込んでいました。でもこういう感じ久々かも。
漫画原作だと燃えるのかなー寄せるのがうますぎます!!
吉高由里子はなんか地味でオタクっぽいけどかわいー笑顔で、殺伐とした雰囲気に癒しを与えてくれました。
癒されるゎ…

その他のキャスト本郷奏多くんとか夏菜ちゃんとかは漫画の絵にとっても似ている(らしい)!
漫画から抜け出てきた感じはゴイスーです。

後編ではさらに、前篇ではほぼ登場しなかったキャスト

伊藤歩、山田孝之、(ずっと出てたけど存在感なかった)田口トモロヲ

らが活躍することを更に期待!!


キャスト見たさで行っても、まあ飽きないしっかりとした作りになってますよ。
漫画読んでないからその辺はようわからんけど。

しかし人気ですね。
最終興行収入予想30億だっけ!?

がんばれーー


★★★☆☆
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# by kutuganaru | 2011-02-08 12:01 | 映画

しあわせの雨傘

女性も、パワフルに生きていこうゼ!!
歳なんて関係ないわ!


『しあわせの雨傘』 (仏) 2011/2/2@ユナイテッドシネマ浦和
監督:フランソワ・オゾン
主演:カトリーヌ・ドヌーブ

1970年代後半。雨傘工場の社長婦人であるスザンヌは、夫にも相手にされず、
家事もさせてもらえず、娘からは「飾り壺」と評される。唯一許されている趣味は詩を書くこと…
ある日ストに対抗する夫は、持病の心臓病が悪化。病院に入院し、さらに3カ月の療養生活を送る。
その間、スザンヌは素晴らしき経営者として、工場を立て直していく。
そしてそこに夫が帰ってきて、社長の座を返せと言われて…さあスザンヌはどうするのか!?

という、超わかりやすい、単純明快な女性のサクセスストーリー。

気持ちの良い朝はジョギングしながら趣味の詩を。
夫の心臓病を気遣い、薬の心配をする。
夫の愛人である社長秘書とも仲良くする。

カトリーヌ・ドヌーブ演じる良妻賢母的スザンヌはしかし若いころ相当のやり手。
息子の父親がわからないというほどのあばずれ。
でも上品なあばずれ。
このバランス感覚が素晴らしいです。


最近は、メリルストリープとかハリウッドでもおばさまが元気に恋愛しちゃう映画もたくさんあります。
日本ではぜひ、松坂慶子でそういう映画を作ってみてほしい。
日本でそういうことやると、ドロドロしちゃいそうだけど、
松坂慶子の晴れやかさとチャーミングさをもってすれば、
さわやかな青春ストーリーができあがるかもしれない!


★★★☆☆
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# by kutuganaru | 2011-02-03 16:02 | 映画