三十路女のくだらない日々。


by kutuganaru
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第5話

 リン・・・リン・・カラカラカラ

 本日一人目のお客様。

 千代は暇つぶしに、店内をのぞいた。
 千代のいる居間から、廊下を挟んですぐ、店に続く引き戸がある。引き戸は常に開いているので、居間の襖の方に体を伸ばせば、店内が見える。
 こたつから腰あたりまでを出し、ごろんと寝転んだままの姿勢で襖の方を見やる千代の姿を、ぼん吉は常々、なまこに似ているな、と思っていた。

 咲ノ介は、いらっしゃいませ、も言わないどころか、客の方を見ようともしない。
 けれど、不思議と、いやな感じではない。
 どんな客も、静かに受け入れる、といった風情である。高校2年生の男子が、なかなか出せる風情ではない。
 
 客は、入り口を入って左の方に歩いたらしく、千代からは姿が見えなかった。しかし、ハイヒールのこつこつ鳴る音から千代は、オンナだ、と思った。

 千代はオンナが苦手である。
 女の人、は平気。女の子、はむしろ好き。女性、も大丈夫。さらに、女というものに、自身が含まれるという自覚もある。
 しかし、オンナだけはだめだった。
 身なりや、しゃべり方、匂いなどは、この場合あまり関係ない。
 千代独自の、分類方法によるものである。
 だから、客をオンナだ、と思ったのも、ハイヒールを履いているから、というわけではなかった。
 ハイヒールを鳴らす、コツコツという音の響きから、そう感じた。

 オンナ、に出くわすと、ホラー映画などに感じる怖いもの見たさと、同じような好奇心に駆られる。絶対に、対峙したくはないけれど、物陰から、観察したくなる。

 では、オトコ、というものも苦手なのかといえば、そんなことは決してない。
 むしろ、男に関しては、男もオトコも男性も男の子も、みな同じように見える。
 違いなど、到底わからない。
 
 そういうことを考えていると、千代は、自分はとことん、女なのだなあ、としみじみする。

 オンナがなかなか姿を現さないので、ふとぼん吉を振り向くと、ぼうっと千代を見つめていたぼん吉は、ワンテンポ遅れて目線を自分の手にやって、もじもじした。

 もじもじしているぼん吉には、なんの興味もない千代である。
 すぐに店内に目を戻すと、レジの置いてあるカウンターにいたはずの咲ノ介の姿が、消えていた。
 店内からはコツコツも消えている。
 
 千代はいやな妄想を膨らませそうになったが、そうする暇もなく、二人は姿を現した。
 オンナはやはりオンナだった。

 黒く染めた髪をひとつに束ね、グレーのリクルートスーツを着ている。中に着たシャツは水色で、胸元のボタンをひとつはずして、そこにシルバーの小さなネックレスが揺れていた。
 千代と同じくらいか、1、2歳上かもしれない、地味なオンナだった。
 透き通る白い肌に、頬には少し赤みが差していて、少し細い目と、よく通った鼻筋と、桃色の薄い唇とがバランスよく整っていて、一言で言えば、かわいい顔をしていたが、咲ノ介が八重歯をのぞかせ笑っているのは、そのかわいい顔のせいでは、ない。
 営業スマイルでも、ない。
 ひとたび関わりを持った人間に対しては、咲ノ介は同じように笑顔になる。

 平等。

 咲ノ介のそんな態度を見ていると、千代はよく、そんな言葉を思い浮かべてしまう。

 そして、それがなんとなく後ろめたくて、すぐに、そう思わなかったことに、する。
 
 
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by kutuganaru | 2009-02-15 20:29

第4話

 千代がホットミルクにほっこりしつつ、ぼん吉はどうしてうちの居間に居座っているのかなあ、などと考えていると、玄関の戸がガラガラ音を立てた。

 「なんで、店誰もいないの」

 呆れ返った声をあげたのは、高校から帰宅した弟の咲ノ介だった。

 「サクちゃん、おかえり」
 「咲ノ介さん、おかえりなさい」

 千代とぼん吉は声を揃えた。
 咲ノ介は、何も答えずに階段をトントンと軽快に昇って自分の部屋へ行くと、高校の制服を脱ぎ、ブレザーとズボンをきちんとハンガーにかけてから、もう一週間も洗濯していない中学時代のジャージを着て、ブレザーの下に着ていたワイシャツを片手に降りてきた。
 ワイシャツは、毎日洗濯するのだ。咲ノ介はアイロンも、自分でかけている。
 
 「サクちゃんも、ホットミルク飲む?」

 千代は、咲ノ介が怒っていると踏んで、甘ったるい声を出した。

 子供が苦手な千代であるが、弟だけは違った。
 自分のことですら苦手であった小学生の頃も、それよりもっと小さくて、腕を強く握っただけで折れてしまいそうなほどだった頃も、咲ノ介のことだけは、かわいかった。
 なのに、咲ノ介は、つれない。
 幼い頃から、咲ノ介はいつも、つれなかった。
 他の家の子や、クラスの女子には、とても優しい子なのである。
 気を引こうと女子にいじわるをするような、ありがちな小学生男子とは、一線を画していた。
 乱暴な中学生男子とも、一線を画していた。
 そして、自分と、恋愛と、バイクにしか興味を持たない高校生男子とも、あきらかに一線を画している。
 しかしその、いつの時代も、千代にだけは、一様に“つれない”という姿勢を貫き通していた。
 “冷たい”のでは、ない。
 “嫌っている”わけでも、決してない。
 千代は少し寂しい思いを、いつもしていた。
 あまりにいつも、少しばかり寂しいので、もう慣れてしまったのだけれど。

 「お姉ちゃん、店は」

 千代の家は、一階の半分が、商店になっている。
 たばこを売る小窓があり、その脇に引き戸の入り口があって、ハンドベルのラの音が取り付けてある。
 パンや、洗剤や、カップヌードルや、菓子折りや、電池、ライター、などが、乱雑に置かれた、狭いけどなんでもそろう、店である。

 「誰もこなかったよ」

 千代は言いながら、自分が寝ていた時間のことが不安で、ぼん吉を振り返る。

 「誰も、来ませんでした」

 ぼん吉も、丁寧に答える。神妙な顔をすることも、忘れない。

 「なら、いいけど」

 咲ノ介は、ジャージ姿で、店へとするする入っていった。
 
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by kutuganaru | 2009-02-12 23:55