三十路女のくだらない日々。


by kutuganaru
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わたしは山田詠美が嫌いだ

「好き」を羅列するのは、いい。
好きなものは多くの人と共有したいし、共感してもらえれば、なお嬉しい。
しかし、「嫌い」を公言するのは、あまり好ましくない。
わたしの「嫌い」が伝染するのは、なにがなんでも避けたいし(過去の痛い経験による)、わたしの感情によって、人がうまく判断を下せなくなるというのも、わたしの意志に反する。
それでもやはり、わたしは山田詠美が嫌いだ。

それは、登場人物が世の中を斜めに見る事しかしていないから。
他人と自分は違う、自分は特別だと、主人公が感じているから。
そして、その他人を、見下しているから。
主人公が、自分の見る目は確実だと、信じて疑わないから。
そして、救いがないから。

とはいえ、私は山田詠美の作品を2冊しか読んでいない。
「僕は勉強ができない」
「風葬の教室」

前者は3年ほど前に読んだので、よく覚えていない。
しかし、読んだ時に感じた、嫌悪感はなんとなく覚えている。
そして後者は一昨日読んだ。
同じ嫌悪感を、また、覚えた。

何がそんなに嫌なのだろうか。

主人公が、自分に似ているからだ。
もちろん私は他人を簡単に見下したりはできないし、自分の判断が必ずしも正しいなどとは、思っていない。
しかしどこかで、自分は特別なのではないか?という思いを、いまだにぬぐい去れずにいる。
そして私は、そんな自分が、嫌いなのである。

風葬の教室がバッドエンドであることは、否めないだろう。
主人公は、確かに自殺を、免れた。
自分が生き残る道、自分を傷つけた人々へ仕返しする道を見つけ、強く、たくましく生きていく決心をした。
家族の大切さを改めて実感し、その家族のために生きようと、思うのである。

しかしわたしは、この小説がバッドエンドであると、感じるのである。
とても、悲しくなった。
主人公と似ているように感じているわたしが、悲しく、救いのないように感じてしまったからだ。

もちろん読む人によっては、まったく違う感情を抱くかもしれない。
機会があれば、そういう人の意見を、ぜひとも聞いてみたいとも思う。
そしてこの小説の救いを、どうか見い出したいと思う。

しかし、今の時点でのわたしは、山田詠美が嫌いだ。
そして、山田詠美を嫌いだと思う自分が、少しだけ好きだ。
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by kutuganaru | 2007-09-23 21:54