三十路女のくだらない日々。


by kutuganaru
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黄色い星の子供たち

フランス国内で1942年に起きた、ユダヤ人一斉検挙。
フランスが戦後50年の間、認めなかったこの事実を、
当時を知る人に徹底的に取材して、作られた作品だそう。

フィクションであるものの、劇中にある話はすべて実際にあった出来事らしい。

「黄色い星の子供たち」

第2次世界大戦中、パリ。ユダヤ人はみな、胸に黄色い星のマークをつけていた。
街のいたるところがユダヤ人立入り禁止で、差別する人もいる。
それでもドイツやポーランドなんかでの強制収容のようなことにはなっていないこの地で、
ユダヤ人たちは、慎ましくも幸せで平和な日々を過ごしていた。

ある日の明け方、フランス政府による、ユダヤ人一斉検挙が突如、行われた。

ユダヤ人23000人検挙を目標としていたフランス政府はしかしこの日、
13000人しか検挙することができなかった。

その13000人は、ヴェル・ディヴと呼ばれる競輪場に一斉に収容される。
5日間食べ物も飲み物も与えられず、衛生的にも最悪な状況で、
病気にかかる人、そして命を落とす人は耐えない。

自身もユダヤ人で収容されながら、収容所の医師として働く男のもとに、
一人の看護婦が赤十字から派遣される。

しかし、医師と看護婦の数は圧倒的にたりない。
13000人を、たった6人で見ているのだ。

そんな中、ヴェル・ディヴからの一斉移送が決定した。
今度はベットや水場はあるが、衛生環境の最悪な収容所である。
しかし、こちらでも家族がともに過ごせるだけましである。

その後、家族は全員引き裂かれ、順に連れて行かれるのだから。


物語は、
収容されたユダヤ人一家
ヴェル・ディヴから逃げ出した一人の女の子
ユダヤ人医師として収容所で働く男(ジャン・レノ)
赤十字より派遣された看護婦(メラニー・ロラン)
らの登場人物の視点を丁寧に描く。
中でもユダヤ人一家の少年ジョーと、その少年の友人の弟トトの名演技が光る。
実際は現代に生きているはずの彼らの瞳には、「生きる」という意思と、
「空虚」そのものが混在している。
どうしたら、そんな瞳の演技ができるの?

そして看護婦役のメラニー・ロラン。
彼女、すごく好きです。
おとなしくても芯の強い、意思のある女性を見事に演じています。
流れる涙の粒の大きさは、スタジオジブリ作品を彷彿とさせるものがあります。

絶望の中で、それでも離れまいとする家族の情景に、何度も涙しました。
その涙は、感動、とか悲しみ、とかとは少し違う、
怒り、とか憤り、とか、やるせなさ、とかなんだろうと思う。

今ここで、涙を流すということを、
偽善であると感じて、自己嫌悪に陥りそうになる。
けれど、それは別に、意味のある涙ではないのだ、きっと。
現象として、涙が自然に流れてくる。
つらくて、それは確かに自分勝手ではあるけれど、そこで泣くか泣かないかというのは、
ほんとはどうでもよくて。たまたま泣いちゃったってだけで、そこに意味を見いだしたくない。

そんなことが重要なんじゃなくて。

事実を事実として受け止め、繰り返さないと今一度自分に誓うことである、とにかく。
それは何も、戦争中に限った話ではなく。
生きていく中で起こる、ほんの些細なことでもなんでも。
ああいったことは繰り返してはいけないし、
そのようなことが起こっているのを無視してはいけないし、
声をあげなければいけないだろうきっとわたしたちは。

そういうことを、心や頭の片隅に入れておくのかおかないのか、
それだけで人ってちょっと違うと思うし、
映画ってそればかりじゃないけれど、でも映画の可能性とか意味とかの、
数ある中の一つにはなるんじゃないだろうか。
と、まじめなことを思ってみたりするのだ。

戦争ものには、めっきり弱いわたしなのである。
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by kutuganaru | 2011-08-18 23:56 | 映画